
作った受援計画、最後に開いたのはいつですか
10月に入りました。下半期のはじまりであり、多くの自治体で来年度の予算や計画の見直しが動き出す時期です。
このタイミングで、自治体で防災に関わる方に、一つだけ問いかけさせてください。
あなたの自治体の受援計画を、最後に開いたのはいつですか。
策定は、確実に進んだ
受援計画とは、大きな災害が起きたとき、外から来る応援職員や応援部隊を、どう受け入れ、どこでどんな仕事をしてもらうかを定めた計画です。2016年の熊本地震で受け入れの混乱が課題になり、国はガイドラインをつくって、各自治体に策定を求めてきました。
その成果は数字に表れています。国の最新の調査(令和7年4月1日現在)では、受援計画は都道府県のすべてで策定済み。市町村でも、1,741団体のうち1,433団体、およそ8割が策定しています。前の年より66団体増えました。
ここまでの取り組みは、間違いなく前進です。
ただ、この数字が語らないこと
一方で、この調査が測っているのは「受援計画を策定しているかどうか」です。その計画を使った訓練をしているか、担当者が中身を知っているか、発災当日に本当に動かせるか——それは、この数字からはわかりません。
実は、同じ調査には団体ごとの詳しい回答も公表されています。それを集計してみると、受援計画を策定している市町村1,433団体のうち、「受援計画に基づいた訓練を実施している」と答えたのは172団体、およそ1割強でした。8団体のうち7団体は、計画を使った訓練をしていないことになります。
都道府県では、47のうち31、およそ3分の2が訓練を実施しています。都道府県と市町村の間には、大きな差があります。
この差には、防災を担う職員の数など、それぞれの事情があるのだと思います。ただ、忘れてはいけないのは、応援職員や応援部隊が実際に入ってくるのは、市町村の現場だということです。避難所の運営も、住家の被害認定も、最前線は市町村です。受援の最前線ほど、計画を試す機会が少ない。ここに、見過ごせない課題があると私は感じています。
計画の中身にも差があります。受援を調整する担当部署は9割以上の市町村が定めている一方、応援機関の活動拠点のリストは7割ほど、応援職員に紹介できる宿泊場所のリストは4分の1ほどにとどまります。「誰が調整するか」は決まっていても、「どこで受け入れるか」まで具体的に書かれている計画は、まだ多くありません。
私の実感として、計画は「つくること」がゴールになってしまいがちです。災害は、同じ地域に何度も来るものではありません。数年がかりでつくった計画は、次にいつ使うのかわからないまま、棚にしまわれていく。それは誰かの怠慢ではなく、めったに起きないものに備えるときに、どこでも起こりうることだと思います。
能登で起きたこと
その危うさが実際に表れたのが、令和6年の能登半島地震でした。
国の検証報告書には、こう書かれています。
「事前に受援計画が作成されていたものの、受援体制に対する職員の認識不足により庁内で十分な連携が図られず、受援計画に基づく対応ができなかった例もあった」
計画は、あった。でも、動かなかった。
同じ報告書は、応援に来た職員がノウハウを持たず何をすればいいかわからない状況があったこと、災害対応で得たノウハウが人事異動で次の災害に活かされにくいことにも触れています。そして、こう結んでいます。計画の策定や見直しにとどまらず、防災担当以外の職員も含めた組織全体で、研修や訓練によって災害対応力を底上げする必要がある、と。
応援する側から見えること
私は消防職員として、災害時には応援に駆けつける側にいます。ただ、消防の応援には、消防どうしで受け入れる仕組みが別にあります。私たちは衣食住を自分たちで用意して行く自己完結の部隊で、現地では消防の指揮のもとで動きます。
この記事でいう受援計画が主に対象にしているのは、それとは別の応援です。ほかの自治体から派遣され、避難所の運営や住家の被害認定、罹災証明の発行といった役場の仕事を支える応援職員です。応援職員は、消防のように自己完結で動けるとは限りません。どこへ行けばいいのか、誰の指示で、どの仕事をするのか、どこで執務し、どこに泊まるのか。それを用意するのは、受け入れる役場の側です。能登では、泊まる場所が確保できず、庁舎の会議室や車の中で寝泊まりした応援職員もいました。
立場は違っても、応援する側に立ったことのある者として言えることがあります。受け入れる側の段取りが決まっていなければ、どれだけ早く駆けつけても、力を発揮するまでに時間がかかります。そしてこの段取りは、発災してから考えていては間に合いません。受援計画に書いてあり、しかも、それを動かす人が中身を知っている。その状態になって初めて、応援は力になります。
作って終わりにしないために
では、計画を「使えるもの」にしておくには、何が要るのか。私は、毎年のブラッシュアップだと考えています。
訓練する。受援班を実際に立ち上げ、応援職員が到着してから配置につくまでの流れを、図上でもいいので一度通してみる。やってみると、書いてあるのに誰も知らない手順や、連絡先の抜けが見えてきます。市町村だけで難しければ、県が行う訓練に市町村の受援班を組み込む、近隣の市町村と合同で行う、といったやり方もあるはずです。
検証する。能登や熊本など、他の地域の災害の検証報告を読み、「うちの計画なら、この場面で動けたか」と照らし合わせる。他の地域の失敗は、自分たちの計画を見直すための一番の教材です。
更新する。担当者の名前や連絡先は、人事異動のたびに変わります。応援協定の相手先も同じです。令和7年に改訂された国の手引きでも、協定が災害時に機能するよう、平時から点検すべき項目が加えられました。
広げる。受援計画を知っているのが防災担当だけでは、いざというときに動きません。庁内の他の部署の職員が、自分の役割を知っていること。能登の教訓は、まさにそこにありました。
国も、業務継続計画について、研修や訓練で実効性を確かめ、見直しを続けるよう、自治体に通知しています。受援計画も、同じだと思います。
下半期のはじめに、確かめたいこと
最後に、点検のための問いを置いておきます。一つでも答えに詰まるものがあれば、そこが次に磨くところです。
- 受援計画に書かれた担当者や連絡先は、今年度の人事異動を反映していますか
- 発災当日、応援職員や応援部隊が到着したら、最初に誰が迎え、どこへ案内しますか
- 応援機関の活動拠点や、応援職員の宿泊場所の候補を、リストにしていますか
- この1年で、受援計画を使った訓練をしましたか
- 防災担当以外の職員は、受援計画があることと、自分の役割を知っていますか
- 応援協定の相手先の連絡先と協定の中身は、最新のものですか
- 他の地域の災害の検証報告を読み、自分たちの計画に反映しましたか
おわりに
計画は、完成した瞬間から少しずつ古くなっていきます。人が入れ替わり、組織が変わり、災害の教訓が積み重なるからです。
だからこそ、毎年開き、動かしてみて、直す。その積み重ねがあって初めて、受援計画は発災当日に本当に開かれる計画になります。
下半期のはじめに、一度、自分たちの受援計画を開いてみてください。応援に駆けつける力を、確実に住民のもとへ届けるために。それが、市民の安全と安心につながると信じています。
参考資料
- 内閣府(防災担当)・消防庁「地方公共団体における業務継続計画・受援計画策定状況の調査結果」(令和8年3月19日公表、令和7年4月1日現在)
※訓練の実施状況と計画の項目の割合は、同資料の団体別一覧(別紙2)を筆者が集計
https://www.soumu.go.jp/main_content/001061265.pdf - 中央防災会議 防災対策実行会議「令和6年能登半島地震を踏まえた災害対応の在り方について(報告書)」令和6年11月
https://www.bousai.go.jp/jishin/noto/taisaku_wg_02/pdf/hokoku.pdf - 内閣府(防災)「市町村のための人的応援の受入れに関する受援計画作成の手引き」令和7年4月
https://www.bousai.go.jp/taisaku/chihogyoumukeizoku/pdf/jyuen_guidelines.pdf - 同 改訂の概要
https://www.bousai.go.jp/taisaku/chihogyoumukeizoku/pdf/jyuen_kaiteigaiyou.pdf - 内閣府(防災担当)「地方公共団体のための災害時受援体制に関するガイドライン」平成29年3月
https://www.bousai.go.jp/kaigirep/tiho_juen/pdf/jyuen_guidelines.pdf