病院が、被災する ― 令和8年熊本地震が突きつけた"見えない初動"


まず、令和8年熊本地震で亡くなられた方々に、心からお悔やみを申し上げます。今も避難生活や復旧が続くなか、この記事が、次に備えるための一助になればと思い、書いています。

地震と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、倒れた建物と、そこからの救助でしょう。もちろん、それは初動の中心です。でも、あまり語られない、もう一つの初動があります。

「病院そのものが、被災する」という事態です。

令和8年熊本地震で、何が起きたか

2026年7月28日、熊本県を最大震度7の地震が襲いました。マグニチュードは7.1。8月4日時点で、38名の方が亡くなり、123名が負傷、住宅被害は7,000棟を超えています。

そのなかで、医療の現場でも深刻なことが起きていました。報道によれば、7月31日の時点で、熊本県内の79の医療機関が被災。うち53の施設で、停電・断水・医療ガスの供給停止といった支障が出ていました。被害は八代市、宇城市、熊本市に集中したと伝えられています。

これに対し、全国から数十隊にのぼるDMAT(災害派遣医療チーム)と、心のケアにあたるDPATが駆けつけました。宮崎、大分、福井、千葉——各地の医療チームが、熊本へ向かったのです。

病院が被災すると、何が起きるのか

病院は、傷病者を「守る場所」です。ところが、その病院自身が被災すると、立場が一変します。

断水すれば、人工透析も手術も止まる。停電すれば、人工呼吸器やモニターが動かない。医療ガスが止まれば、酸素すら供給できない。そして病院には、自力では動けない入院患者が大勢います。

こうなると、病院は「守る場所」から、患者を「運び出す場所」に変わります。入院患者を、機能している別の病院へ移す——これが病院避難であり、病院間搬送です。地震の陰で進む、見えない初動です。

今回、患者はどう運ばれたのか

ここで鍵になったのが、EMIS(広域災害救急医療情報システム)でした。

これは、どの病院がどれだけ被災し、どこに空き病床があるかを、災害時に共有するための国のネットワークです。被災地の病院がEMISに状況を入力すると、その情報が関係機関で共有される。「受け入れ先を、手あたり次第に電話で探す」のではなく、空いているベッドを“見える化”して、そこへ患者をつなぐことができます。

報道によれば、今回、ある被災病院では15時間で127人の患者が、このEMISで空き病床を把握しながら、他院へ移送されたといいます。ヘリコプターや救急車を使った、病院間搬送です。

搬送の細かな内訳(県内・県外の別など)は、発災直後の現時点ではまだ公表されていません。ただ、公開情報を見るかぎり、今回は熊本県内や近隣で受け入れ先を確保しながらの病院間搬送が、対応の中心だったとみられます。

10年前も、同じことが起きていた

これは、今回が初めてではありません。

2016年の熊本地震では、熊本市民病院が被災しました。建物が傾き、倒壊の恐れが生じ、手術室の天井が落ちた。そして、入院していた約310人の患者が、県の防災ヘリコプターや救急車で、他の病院へ搬送・退院していったのです。あのときも、患者は病院間搬送で運び出されました。

さらに、あの震災の犠牲者の約8割は、建物の倒壊などによる直接死ではなく、避難生活の中で体調を崩して亡くなる「災害関連死」でした。医療と、療養の環境が守られるかどうかが、その後の命を大きく左右する。10年前の熊本は、それを教えていました。

そして令和8年、同じ熊本で、また病院が被災した。

さらに大きな災害には、“上位の備え”がある

今回のように、被災地とその近隣の病院で受け止められるうちは、病院間搬送で対応できます。けれど、被害がもっと広域で、近隣にも余力がない——そんな巨大災害に備えて、国にはさらに上位の仕組みがあります。広域医療搬送です。

これは、被災県が国(内閣府)に要請し、被災地外のDMATが航空機で搬送拠点(空港・自衛隊基地)に集まり、そこにSCU(航空搬送拠点臨時医療施設)という臨時の医療施設を立てて患者を安定させ、被災地の外へ空路で送り届ける、という国主導の枠組みです。南海トラフ地震のような超広域災害を想定した“最終手段”に近いものです。

今回の熊本地震で、SCUを設置しての国主導の広域医療搬送が行われたという情報は、報道・公開情報の範囲では確認できていません。今回はそこまで至らず、EMISを活かした病院間搬送で対応された、というのが実態に近いと考えられます。

言い換えれば——大がかりなSCUを立てるまでもなく、情報共有(EMIS)と病院どうしの連携で、受け止められた。これは、備えと連携が機能した一つの形だと思います。

これは、医療版の「受援力」だ

私が防災で考え続けているテーマに「受援力」があります。災害時、被災した自治体は自力では回らない。だから、外からの応援をいかにスムーズに受け止めるかで、その後が決まる、という考え方です。

病院間搬送も、EMISも、まさにこれと同じ構造です。病院が被災することを前提に、「どこに空きがあるか」を見える化し、「どこへ・どう患者を送り出すか」を平時から準備しておく。その備えがあるかどうかが、命を分けます。

災害医療というと、瓦礫の下からの救出が象徴的に語られます。でも、その裏では、壊れた病院から患者を静かに運び出すという、もう一つの初動が、同時に進んでいる。市民の目にはほとんど見えないけれど、これも確かに、命を守る戦いです。

市民の私たちに、できること

「そんな仕組みの話、自分には関係ない」と思われるかもしれません。でも、一つだけ、備えられることがあります。

もしあなたや家族が、持病を抱えていたり、薬を飲んでいたりするなら——その情報を、災害時に持ち出せるようにしておくことです。お薬手帳、かかりつけや病名・服用中の薬のメモ。搬送される側になったとき、それが、初めて診る医師にとって命綱の情報になります。

病院は、いつも安全な場所とは限らない。その現実を知っておくことも、立派な備えです。

おわりに

病院は「守る場所」であり、同時に「守られるべき場所」でもある。だからこそ、被災することを前提に、患者を運び出し、外で受け止める仕組み——医療の受援力——が要ります。

令和8年熊本地震の教訓を、ただの記録で終わらせたくない。見えないところで続く初動があることを知り、私たち一人ひとりも、いざという時に備える。それが、市民の安全と安心につながると信じています。

参考資料