「上に逃げれば助かる」は正しい。でも、間に合うとは限らない ― 令和2年7月豪雨から6年


昨日、令和2年7月豪雨から6年が経ちました。

2020年7月4日の未明、熊本県南部に線状降水帯が居座り、県南9地点で12時間の雨量が観測史上最大を記録しました。日本三大急流のひとつ、球磨川があふれ、人吉の街は水に沈みました。全国で84人が亡くなり、その約8割が65歳以上の高齢者でした。

なかでも、私が今も考え続けているのが、球磨村の特別養護老人ホーム「千寿園」です。入所者14人が亡くなりました。

「2階は、水没していなかった」

施設は鉄筋コンクリート造の一部2階建。水は1階の天井、およそ3mの高さまで達しました。周辺の渡地区では、最大でおよそ9mの浸水が推定されています。

まず、はっきり書いておきたいことがあります。これは現場の職員を責める話ではありません。職員は入所者を上の階へ移そうと、深夜、懸命に動いていました。それでも間に合わなかった。懸命の対応でも間に合わないことがある——それが、この災害の厳しさです。

そのうえで、私がずっと引っかかっているのは、この事実です。2階は、水没していなかった。逃げる高さは、あったのです。しかも、この規模の浸水はハザードマップの想定の範囲内でした。それでも、命を守りきれなかった。

なぜか。自力で動けない入所者が大勢いて、深夜の急激な増水のなかで、その全員を短い時間で2階へ上げきることが、あまりに難しかったからです。

私たちは「浸水したら上の階へ(垂直避難)」と教わります。でも千寿園が突きつけたのは、こういうことでした。“上に上がれる”ことと、“間に合わせられる”ことは、別だ。

垂直避難と水平避難

避難には、大きく2つの方向があります。

ひとつは垂直避難——建物の上の階へ逃げる方法。外へ出るのがもう危険なとき、道路が冠水しているとき、逃げ遅れたときの「最後の命綱」です。ただし千寿園が教えてくれたように、垂直避難は人手と時間があって初めて成立する。動けない人がいるほど、想像よりずっと時間がかかります。

もうひとつが水平避難——浸水しない高台や、頑丈な避難所へ、その場所から離れて移動する方法です。時間はかかりますが、根本的に安全な場所へ体を運べます。

順番はこうあるべきだと思います。まず、水が来る前に水平避難を済ませる。それが間に合わなかったときの最後の手段が、垂直避難。垂直避難を「最初の計画」にしてはいけない。とくに、自力で動けない人がいる場所では。

では、何を変えればいいのか

答えはシンプルで、水が来てから動くのではなく、水が来る前に動く、これに尽きます。

特に夜間の豪雨は危険です。暗くなってからの避難は、それ自体が命がけになる。だからこそ、明るいうち・雨が本降りになる前に「今のうちに動く」という判断が要ります。逃げる高さがあっても、間に合わなければ意味がない。千寿園が教えてくれたのは、そういうことでした。

そのための道具は、もう手元にあります。混同されがちですが、次の2つは別物です。

  • キキクル(気象庁の危険度分布)… 危険度を色分けした「地図」。自分の家の周りが今どの色かを確認できます(黄→赤→紫→黒の順に危険。赤で「警戒」、紫は「危険」=全員避難の段階、黒は「災害切迫」)。「土砂・浸水・洪水」の3種類があるので、川沿いなら洪水、山際なら土砂と、自分の家のリスクに合った色を見てください

  • 警戒レベル(市町村の避難情報)… とるべき行動の「号令」。レベル3「高齢者等避難」(高齢の方・体の不自由な方は避難開始)、レベル4「避難指示」(対象地域は全員避難。※かつての「避難勧告」は廃止され、この避難指示に一本化されました)、レベル5「緊急安全確保」(すでに災害が起きているか、命が危険な段階。レベル5を待ってはいけません)

大事なのは、行政の号令を待つだけでなく、自分でキキクルの色を見て前倒しで動くこと。夜間や急変時は、号令が間に合わないことがあるからです。キキクルが赤に近づいたら、レベル4を待たずに動き出す——それくらいでちょうどいい。

そして、高齢の家族や体の不自由な人がいるなら、みんなより一歩早く動く前提で計画してください。避難に時間がかかる人ほど、判断は早く。それが、千寿園から受け取るべき、いちばんの教訓だと思います。

「まだ大丈夫だろう」——その一言が、いちばん危ない。

6年前のあの日を、ただ悼むだけで終わらせたくない。あなたの家では「どの色になったら」「どこへ」逃げるのか。避難のタイミングと行き先を、今一度、家族で話してみてください。それが、亡くなった方々への一番の供養になると、私は思います。

【コラム】キキクルの見方 ― スマホで3分

① 開く:「キキクル」で検索 → 気象庁のページへ(アプリ不要)
② 種類を選ぶ:画面のアイコンで「土砂・浸水・洪水」を切り替える。山際は土砂、低地は浸水、川沿いは洪水(上流の雨で赤くなる)
③ 色を読む:黄=注意/赤=警戒(高齢者等避難を開始)/紫=危険(全員避難)/黒=災害切迫(ただちに命を守る行動を)
④ 自宅を確認:地図を自宅まで拡大し、「近所」ではなく自分の家のマスの色を見る
⑤ 色は“先読み”込み:とくに洪水キキクルの色は、3時間先までの予測も織り込んで判定されています。だから今はまだ低くても、色が上がってきたら、実際に水が来る前に動く

合言葉は「赤で動き出し、紫は今すぐ」。